sopiri(ソピーリ) = 「しのぶ」、「憧れる」
Mi sopiras je flugiloj
翼にあこがれる
spiri(スピーリ) = 「呼吸する」
2009年5月14日木曜日
3. ロシア・薔薇・ゆったり
rusa(ルーサ)=ロシア
rusa sonorilo
ロシアの鐘
sonori=鳴る
sonorilo=(鳴る道具→)鐘
roza(ゥローザ)=薔薇の
loza(ローザ)=ゆったりした・ルーズな、ばら売りの
roso(ローソ)=露つゆ
rosumo=結露
ruĝa(ルージャ)=赤red
rusa sonorilo
ロシアの鐘
sonori=鳴る
sonorilo=(鳴る道具→)鐘
roza(ゥローザ)=薔薇の
loza(ローザ)=ゆったりした・ルーズな、ばら売りの
roso(ローソ)=露つゆ
rosumo=結露
ruĝa(ルージャ)=赤red
2.練習practice
practice= ekzerci
ekzerci maldekstran duoncerbon
左脳を鍛える
duon-は半分という意味
cerbo=脳
ちなみに、praktik0という単語がありますが、
これは「実践」・「実習」という意味だけに限定され、「練習」という意味では使えません。
ekzerci maldekstran duoncerbon
左脳を鍛える
duon-は半分という意味
cerbo=脳
ちなみに、praktik0という単語がありますが、
これは「実践」・「実習」という意味だけに限定され、「練習」という意味では使えません。
2009年5月13日水曜日
明海式-単語の覚え方-
もうすぐ世界大会。
(今年のエスペラントの世界大会が、エスペラント発祥の地ポーランドのビヤリストクで7月末に開かれる)
ということで、番組を理解し議論に参加するため、友達と深い話をするため、また盲人のお世話をすることになっているので、そのためにも、本格的に学力を上げていかなければなりません。
語学力を上げるには、「文法」・「単語」・「音読」が必須。
ということで、ここでは単語の覚え方について。
どうやって単語を覚えていこうか、どういう勉強方法にしようか、どうやったら効率的に継続して覚えられるか、何かいい方法がないかと考えた結果、ブログに書いていくことを一つの方法にすることにした。
そしてそのスタイルは、「カタカナで覚える」。
今までおよそ百個くらいは覚えてきたけれど、記憶にすぐ残るのは、何かと関連付けられた単語。
あと覚えられるのは、感覚でイメージが浮かぶような単語。感覚でイメージが湧くくらいになるには、その単語に何回も出会っている必要がある。たとえば、Thank you と聞けば英語がしゃべれない人でもすぐにイメージが湧く。日本語になっているからという言い方もできるが、それだけ何回も耳にしているからだ。どんなに早口で、黒人訛りの英語をしゃべられても、Japan という単語だけは、浮いて出てきたように聞き逃さない。脳が反応している。単語を覚えるのにも、最終的にはそうなるのが理想だ。パブロフの犬が如く反射的に、そして感覚的に単語を理解して、口に出せるようになるのが目標。
ただ、大人の勉強の仕方として、仕事をしながら語学をする場合、膨大な量の文章を集中的に読んだり、聞いたりすることはなかなか難かしい。効率的に記憶に残ることが必要だ。最悪、時間がかかっても、連想的にある単語の意味が思い出せれば、その単語を感覚的に覚えるためのステップとなる。
語呂で覚えたりするのがそのいい例。
幸いなことに、エスペラントは日本の発音体系に合っていて、母音は「あいうえお」の5つ、しかもローマ字発音そのままだ。例外は ĥ(hx)とĴ(jx)で、これは日本人には分かりにくい。でも、ĥ(ホー)とĴ(ジョー)を使う単語はほとんどなく、しかも大抵は日常的に使う重要な単語ではない。ĥに到っては、1200ページある辞書の2ページ分しかない。日本の銀行の金利並み、ページを一枚めくれば、そこはもう次のアルファベットのページなのだ。
何が言いたいかというと、それだけエスペラントはカタカナ発音ができて、カタカナ発音ができるということことは、記憶に残りやすいということであり、日本語ですでにある単語に似ていることが非常に多いということだ。
例を挙げよう。
独特の風貌、穏やかな性格で鮮やかに難事件を解決していく名探偵コロンボ。
このコロンボという単語、エスペラントではkolombo、「鳩」という意味だ。
もし、名探偵コロンボが出ている映画で、鳩が出てくるシーンを想像できれば、もうこの単語を覚えられたようなもの。逆に、鳩を見たときに名探偵コロンボがイメージできれば、エスペラントで鳩を言えるということだ。英語では、ダブ(dove)とかピジョン(pigeon)だけど、コロンボの方が格段に覚えやすい。
コロンボとハトを使って、語呂を作ってみるのもよい。鳩山さんに掛けて、次の民主党代表はコロンボに決めてもらうのがよい、とかね。
そんなこんなで、もうすでに「コロンボ」と「鳩」という単語は、この文章にそれぞれ7回と5回出てきました。そろそろ脳に「コロンボ=鳩」という図式が刷り込まれて、感覚的に覚えられるかもしれませんね。
そういえば、スリランカの旧首都は、コロンボという都市です。スリランカでも、ハトはクルゥゥクルゥゥと鳴くのでしょうか☆
それではこの辺で。
もう一つ、単語を忘れない秘訣は「びっくり!」すること。またはその単語に対して何らかの感情を抱くこと。詳しいことは、茂木健一郎か木村拓哉に脳科学で説明してもらいたいのだけれど、たとえば、テストでどうしても思い出せない、せっかく頑張って覚えたのに本番で出てこなくて悔しい思いをした。そんな出来事があると、次はもう忘れるもんかと思って必死で覚える。
マザー・テレサに関する話を英語で読んで、感動した。その時に調べた単語って、後で出てきたときに「あぁ、マザー・テレサの話で出会った単語だな」と思い出すと、しっくりきて嬉しい。そういう風に単語に愛着が湧くと忘れにくい。
茂木さん、この理論いかがでしょうか。
そういうわけで、カタカナで覚えるエスペラントの単語を随時このブログにアップしていきたいと思います。
第1回はコレラ。
kolera=「怒りの」
世界大会まで60日。それまでに600語覚えたい。
一日10個か。
10個覚えようと思ったら、半覚えの単語に1日100個触れなければならない。
なかなか大変そう。
でも、エスペラントのご褒美は、その規則性から、600語覚えられればそれは、4倍の2400語を覚えたことに匹敵するということだ。単語と接辞・文法を組み合わせることによって、一石二鳥ならぬ一単語四語彙なのです。
(今年のエスペラントの世界大会が、エスペラント発祥の地ポーランドのビヤリストクで7月末に開かれる)
ということで、番組を理解し議論に参加するため、友達と深い話をするため、また盲人のお世話をすることになっているので、そのためにも、本格的に学力を上げていかなければなりません。
語学力を上げるには、「文法」・「単語」・「音読」が必須。
ということで、ここでは単語の覚え方について。
どうやって単語を覚えていこうか、どういう勉強方法にしようか、どうやったら効率的に継続して覚えられるか、何かいい方法がないかと考えた結果、ブログに書いていくことを一つの方法にすることにした。
そしてそのスタイルは、「カタカナで覚える」。
今までおよそ百個くらいは覚えてきたけれど、記憶にすぐ残るのは、何かと関連付けられた単語。
あと覚えられるのは、感覚でイメージが浮かぶような単語。感覚でイメージが湧くくらいになるには、その単語に何回も出会っている必要がある。たとえば、Thank you と聞けば英語がしゃべれない人でもすぐにイメージが湧く。日本語になっているからという言い方もできるが、それだけ何回も耳にしているからだ。どんなに早口で、黒人訛りの英語をしゃべられても、Japan という単語だけは、浮いて出てきたように聞き逃さない。脳が反応している。単語を覚えるのにも、最終的にはそうなるのが理想だ。パブロフの犬が如く反射的に、そして感覚的に単語を理解して、口に出せるようになるのが目標。
ただ、大人の勉強の仕方として、仕事をしながら語学をする場合、膨大な量の文章を集中的に読んだり、聞いたりすることはなかなか難かしい。効率的に記憶に残ることが必要だ。最悪、時間がかかっても、連想的にある単語の意味が思い出せれば、その単語を感覚的に覚えるためのステップとなる。
語呂で覚えたりするのがそのいい例。
幸いなことに、エスペラントは日本の発音体系に合っていて、母音は「あいうえお」の5つ、しかもローマ字発音そのままだ。例外は ĥ(hx)とĴ(jx)で、これは日本人には分かりにくい。でも、ĥ(ホー)とĴ(ジョー)を使う単語はほとんどなく、しかも大抵は日常的に使う重要な単語ではない。ĥに到っては、1200ページある辞書の2ページ分しかない。日本の銀行の金利並み、ページを一枚めくれば、そこはもう次のアルファベットのページなのだ。
何が言いたいかというと、それだけエスペラントはカタカナ発音ができて、カタカナ発音ができるということことは、記憶に残りやすいということであり、日本語ですでにある単語に似ていることが非常に多いということだ。
例を挙げよう。
独特の風貌、穏やかな性格で鮮やかに難事件を解決していく名探偵コロンボ。
このコロンボという単語、エスペラントではkolombo、「鳩」という意味だ。
もし、名探偵コロンボが出ている映画で、鳩が出てくるシーンを想像できれば、もうこの単語を覚えられたようなもの。逆に、鳩を見たときに名探偵コロンボがイメージできれば、エスペラントで鳩を言えるということだ。英語では、ダブ(dove)とかピジョン(pigeon)だけど、コロンボの方が格段に覚えやすい。
コロンボとハトを使って、語呂を作ってみるのもよい。鳩山さんに掛けて、次の民主党代表はコロンボに決めてもらうのがよい、とかね。
そんなこんなで、もうすでに「コロンボ」と「鳩」という単語は、この文章にそれぞれ7回と5回出てきました。そろそろ脳に「コロンボ=鳩」という図式が刷り込まれて、感覚的に覚えられるかもしれませんね。
そういえば、スリランカの旧首都は、コロンボという都市です。スリランカでも、ハトはクルゥゥクルゥゥと鳴くのでしょうか☆
それではこの辺で。
もう一つ、単語を忘れない秘訣は「びっくり!」すること。またはその単語に対して何らかの感情を抱くこと。詳しいことは、茂木健一郎か木村拓哉に脳科学で説明してもらいたいのだけれど、たとえば、テストでどうしても思い出せない、せっかく頑張って覚えたのに本番で出てこなくて悔しい思いをした。そんな出来事があると、次はもう忘れるもんかと思って必死で覚える。
マザー・テレサに関する話を英語で読んで、感動した。その時に調べた単語って、後で出てきたときに「あぁ、マザー・テレサの話で出会った単語だな」と思い出すと、しっくりきて嬉しい。そういう風に単語に愛着が湧くと忘れにくい。
茂木さん、この理論いかがでしょうか。
そういうわけで、カタカナで覚えるエスペラントの単語を随時このブログにアップしていきたいと思います。
第1回はコレラ。
kolera=「怒りの」
世界大会まで60日。それまでに600語覚えたい。
一日10個か。
10個覚えようと思ったら、半覚えの単語に1日100個触れなければならない。
なかなか大変そう。
でも、エスペラントのご褒美は、その規則性から、600語覚えられればそれは、4倍の2400語を覚えたことに匹敵するということだ。単語と接辞・文法を組み合わせることによって、一石二鳥ならぬ一単語四語彙なのです。
2009年5月11日月曜日
アンドレイ夕食会
ロシア人若手ピアニスト、アンドレイ・コロベイニコフくんを囲んで夕食会。
話の中で、アンドレイが手紙の中で使った、おしゃれな言葉が登場。
koran dankon → oran dankon
oroは金。
「心からありがとう」=koran dankon
というところを、oro(金)を使って、
「金のようにありがとう」=oran dankon
韓国人のハンさんが来られていたので、北川さんが韓国語と掛けたエスペラントの冗句を披露。
水をついでもらったら、
Multe dankonだが、
酒をついでもらったら、
Sulte dankon.
Multe dankon は実際にエスペラント語にある「たくさんありがとう」という意味。
韓国語で、水は「ムル」
だから、Multe dankon (ムルテ ダンコン)は「水、ありがとう」ともとれる。
一方、韓国語で酒は、「スル」。
Multe dankon をもじって、
Sulte dankon (スルテ ダンコン)= 「酒、ありがとう」という訳だ。
もう一つ、ino(イーノ)という言葉がヨーロッパの若者の間で流行っているそうだ。
もともと-ino は名詞の後ろについて意味を女性にするもので、たとえば
patro=「父」に-inoをつけると
patrino=「母」となる。
でも、これだと言葉がすべて男性中心となってしまう。
ということで、Inoだけで「女性」を表すことにしようというのだ。
男性は、意味を反対にするmal-をinoにつけてmalino。
読み方はマルイーノ。
日本語だと、「丸いの」みたいに聞こえて覚えやすい。
以上、
「オーラン ダンコン」=「(金のように)ありがとう」
「スルテ ダンコン」=「お酒 ありがとう」
「いいの」=「女性」と
「まるいーの」=「男性」でした。
エスペラントは造語が簡単で、すでにある要素を組み合わせて作るので、相手に伝わりやすい。
いろんな単語を作って冗談を言ったり、ことば遊びをするのにもってこいの言語だ。
話の中で、アンドレイが手紙の中で使った、おしゃれな言葉が登場。
koran dankon → oran dankon
oroは金。
「心からありがとう」=koran dankon
というところを、oro(金)を使って、
「金のようにありがとう」=oran dankon
韓国人のハンさんが来られていたので、北川さんが韓国語と掛けたエスペラントの冗句を披露。
水をついでもらったら、
Multe dankonだが、
酒をついでもらったら、
Sulte dankon.
Multe dankon は実際にエスペラント語にある「たくさんありがとう」という意味。
韓国語で、水は「ムル」
だから、Multe dankon (ムルテ ダンコン)は「水、ありがとう」ともとれる。
一方、韓国語で酒は、「スル」。
Multe dankon をもじって、
Sulte dankon (スルテ ダンコン)= 「酒、ありがとう」という訳だ。
もう一つ、ino(イーノ)という言葉がヨーロッパの若者の間で流行っているそうだ。
もともと-ino は名詞の後ろについて意味を女性にするもので、たとえば
patro=「父」に-inoをつけると
patrino=「母」となる。
でも、これだと言葉がすべて男性中心となってしまう。
ということで、Inoだけで「女性」を表すことにしようというのだ。
男性は、意味を反対にするmal-をinoにつけてmalino。
読み方はマルイーノ。
日本語だと、「丸いの」みたいに聞こえて覚えやすい。
以上、
「オーラン ダンコン」=「(金のように)ありがとう」
「スルテ ダンコン」=「お酒 ありがとう」
「いいの」=「女性」と
「まるいーの」=「男性」でした。
エスペラントは造語が簡単で、すでにある要素を組み合わせて作るので、相手に伝わりやすい。
いろんな単語を作って冗談を言ったり、ことば遊びをするのにもってこいの言語だ。
エスペラントは生きている
先日、大阪に住んでいるオーストラリア人エスペランティストを交えて、大塚の友達の家でご飯を食べました。
8人ぐらい集まったので、わいわいとエスペラントが飛び交っていて楽しかったです。それぞれのエスペラントとの出会いや、それにまつわるドラマチックな話が聞けました。
みんなで集まってしゃべっていると、エスペラントは生きているんだなぁということを実感しました。
生きている言語だからこそ楽しいんですよね。
おまけですが、みんなでエスペラントの新しい言葉を作りました。↓
malacxegoマルアチェーゴ
意味は「最高!!」
アーチョが日本語で言う「くそっ!」英語で言う「fucking bull shit!!」
mal-が付いて真逆の意味になる。 だから、最高!
さらに、その意味を拡大する-eg-をつける。
名詞は全て-oで終わるので、
全部合わせるとマルアチェーゴ。
ということで、
「かっこいい!!」とか「超最高 !!」 と言いたいときに使う。
8人ぐらい集まったので、わいわいとエスペラントが飛び交っていて楽しかったです。それぞれのエスペラントとの出会いや、それにまつわるドラマチックな話が聞けました。
みんなで集まってしゃべっていると、エスペラントは生きているんだなぁということを実感しました。
生きている言語だからこそ楽しいんですよね。
おまけですが、みんなでエスペラントの新しい言葉を作りました。↓
malacxegoマルアチェーゴ
意味は「最高!!」
アーチョが日本語で言う「くそっ!」英語で言う「fucking bull shit!!」
mal-が付いて真逆の意味になる。 だから、最高!
さらに、その意味を拡大する-eg-をつける。
名詞は全て-oで終わるので、
全部合わせるとマルアチェーゴ。
ということで、
「かっこいい!!」とか「超最高 !!」 と言いたいときに使う。
2009年5月1日金曜日
よく使うフレーズ
Nice to meet you.
Nice meeting you.
What do you mean? Kion vi intentas?
What does it mean? Kion gxi signifas?
Who are you? (What do you do?)
What's your name?
Sorry Pardonon(X Bedauxrinde)
Happy birthday
Where are you staying? Kie vi gastlogxas?
Which hotel? Kiu hotelo?
Dormu bone
Nice meeting you.
What do you mean? Kion vi intentas?
What does it mean? Kion gxi signifas?
Who are you? (What do you do?)
What's your name?
Sorry Pardonon(X Bedauxrinde)
Happy birthday
Where are you staying? Kie vi gastlogxas?
Which hotel? Kiu hotelo?
Dormu bone
Self introduce
Kvankam mi forestis 2-a semajno,
mi volas sxin kontroli la parolusitan manuskripton (je?) tie.
Mi nomigxas Akiumi OKABE.
Mi estas dudekokjara.
(Alia esprimo: Mi havas dudek ok jarojn.)
Mi naskigxis en Nara, Japanio.
Nara lokas en sudo de Kioto.
Mi diplomigxis de Tokio metropolita instituto de teknologio en aerokosma ingxeniero.
La diplomito estis pri materiala scienco. Mi eksperimentis pri esplori metastabila fazo de lutecia grenato.
Post tio, mi iris al Florida universitato en Usono kaj studis fizikon.
Mi estis en Usono por du jaroj tamen mi malskucesis akiri magistreco.
Do mi revenis al Japanio.
Nun mi kromlaboras en restoracio en Tokio.
Mi nun havas intereson pri labori por Afrika popoloj.
Ili havas problemojn en kampo de kuraca zorgo, mangxajxo, agrikultulo, higiena medio, kaj edukado.
Mi volas kontribui por Afrika societo elmergigxi de malricxeco.
mi volas sxin kontroli la parolusitan manuskripton (je?) tie.
Mi nomigxas Akiumi OKABE.
Mi estas dudekokjara.
(Alia esprimo: Mi havas dudek ok jarojn.)
Mi naskigxis en Nara, Japanio.
Nara lokas en sudo de Kioto.
Mi diplomigxis de Tokio metropolita instituto de teknologio en aerokosma ingxeniero.
La diplomito estis pri materiala scienco. Mi eksperimentis pri esplori metastabila fazo de lutecia grenato.
Post tio, mi iris al Florida universitato en Usono kaj studis fizikon.
Mi estis en Usono por du jaroj tamen mi malskucesis akiri magistreco.
Do mi revenis al Japanio.
Nun mi kromlaboras en restoracio en Tokio.
Mi nun havas intereson pri labori por Afrika popoloj.
Ili havas problemojn en kampo de kuraca zorgo, mangxajxo, agrikultulo, higiena medio, kaj edukado.
Mi volas kontribui por Afrika societo elmergigxi de malricxeco.
Senpageco por posxtelefono en Usono
3分間スピーチの課題で、アメリカで体験した携帯電話を契約したとき、料金プランの「無料」の規則が日本と異なることを知らず、高くついてしまった話。
Manuskripto de la 3-a paroleto
Mi volas komenci mian paroleton pri la sxlosilvorto ''senpageco''.
Cxi tiu rakonto estas iomete komplikita.
Por ke auxskultu min zorgeme.
Kiam mi estis en Usono, mi uzis posxtelefono de la kompanio ''T-mobile''.
Mia posxtelefona plano havis kvar horoj(n?) da ''senpag-telefonada horoj'' en unu monato.
Gxi estas inkluzivita en la baza pago de plano.
Kun gxi, vi povas telefoni kvar horojn senpage al pagenda telefonnumero.
Cetere, estas senpaga telefonnumero kiel de banko aux iome aliaj publikaj institucioj.
La senpaga numero estas kiel nul unu du nul tiotio en Japanio aux unu ok ok ok en Usono.
En iu monato mi telefonis kvar horojn(?) al ordinara numero.
Samtempe mi telefonis du horojn al senpaga numero.
Tio estas senpaga escepte de baza pago en Japanio.
Sed en la sekvinta monato mi ricevis la pli multekostan fakturon ol ke mi atendis.
Kial?
Kio okazis?
Intrigo estas jen (cxi tie / sekvanta).
En Usono, ili enkalkuras horojn da telefonado al la senpaga numero en la horoj da ''senpag-telefonada horoj''.
Cxar mi telefonis al senpaga numero antaux mi finis uzi la horojn da senpaga telefonado, la extra du horoj kostis super baza pago.
En aliaj vortoj, du horoj da telefonado al senpaga numero
kaj du horoj da telefonado al ordinara numero plenigis ''senpag-telefonada horoj(n?)''.
Do, restinta du horoj da telefonado al ordinara numero kostis extran pagon.
La kalkulo estas kiel du plus kvar minus kvar egalas du.
(2 + 4 - 4 = 2)
Se mi telefonus al senpaga numero post mi telefonus al ordinara numero, mi ne havus extran pagon,
Cxar cxi tiu kvar horoj da telefonado al ordinara numero mortigitus de ''senpag-telefonada horoj'' kaj du horoj da telefonado al senpaga numero estus senpaga kiel gxi devus esti.
La kalkulo estas; kvar minus kvar plus nulo egalas nulo.
(4 - 4 + 0 = 0)
Sume, senpaga telefonnumero estas efective senpaga, tamen tio eblas enhaviti en ''senpag-telefonada horoj'' .
Tiu fakto kauxzas tragedion kiel mi.
Senpaga numero iame kondutas kvazau gxi estus ne-senpaga numero.
Manuskripto de la 3-a paroleto
Mi volas komenci mian paroleton pri la sxlosilvorto ''senpageco''.
Cxi tiu rakonto estas iomete komplikita.
Por ke auxskultu min zorgeme.
Kiam mi estis en Usono, mi uzis posxtelefono de la kompanio ''T-mobile''.
Mia posxtelefona plano havis kvar horoj(n?) da ''senpag-telefonada horoj'' en unu monato.
Gxi estas inkluzivita en la baza pago de plano.
Kun gxi, vi povas telefoni kvar horojn senpage al pagenda telefonnumero.
Cetere, estas senpaga telefonnumero kiel de banko aux iome aliaj publikaj institucioj.
La senpaga numero estas kiel nul unu du nul tiotio en Japanio aux unu ok ok ok en Usono.
En iu monato mi telefonis kvar horojn(?) al ordinara numero.
Samtempe mi telefonis du horojn al senpaga numero.
Tio estas senpaga escepte de baza pago en Japanio.
Sed en la sekvinta monato mi ricevis la pli multekostan fakturon ol ke mi atendis.
Kial?
Kio okazis?
Intrigo estas jen (cxi tie / sekvanta).
En Usono, ili enkalkuras horojn da telefonado al la senpaga numero en la horoj da ''senpag-telefonada horoj''.
Cxar mi telefonis al senpaga numero antaux mi finis uzi la horojn da senpaga telefonado, la extra du horoj kostis super baza pago.
En aliaj vortoj, du horoj da telefonado al senpaga numero
kaj du horoj da telefonado al ordinara numero plenigis ''senpag-telefonada horoj(n?)''.
Do, restinta du horoj da telefonado al ordinara numero kostis extran pagon.
La kalkulo estas kiel du plus kvar minus kvar egalas du.
(2 + 4 - 4 = 2)
Se mi telefonus al senpaga numero post mi telefonus al ordinara numero, mi ne havus extran pagon,
Cxar cxi tiu kvar horoj da telefonado al ordinara numero mortigitus de ''senpag-telefonada horoj'' kaj du horoj da telefonado al senpaga numero estus senpaga kiel gxi devus esti.
La kalkulo estas; kvar minus kvar plus nulo egalas nulo.
(4 - 4 + 0 = 0)
Sume, senpaga telefonnumero estas efective senpaga, tamen tio eblas enhaviti en ''senpag-telefonada horoj'' .
Tiu fakto kauxzas tragedion kiel mi.
Senpaga numero iame kondutas kvazau gxi estus ne-senpaga numero.
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