2014年11月1日土曜日

『Pasxo: 学生による学生のための雑誌』の紹介

Pasxo(パーショ)とは、学生が作って発行しているオンラインで読める雑誌です。
(各タイトルの下にあるPaŝo N-ro 7などをクリックすれば読めます)

毎号面白い記事が載っていて、楽しく読ませてもらっています。
例えば、白川友磨さんの「緑の書架」。
書評を読んでいるだけでそれらの本に引き込まれ、
特に雨森芳洲なんかは読んでみたいと思いました。

ところで、
「正にエスペラントの的を得ている!」
と感じた記事を目にしました。
Pasxo 創刊号のDaizo さんの記事「エスペラントに関わって」です。

Daizoさんの言う
"エスペラントの重要性は、その言語的利便性にあるのではなく、コミュニティ性にあったのだ。"
という一文に思わず膝を打ちます。

続いて、
"イスラム教が世界宗教になりえた経緯と似ているかもしれない。
(中略)
同じイスラム教を共有している以上、どこの誰でも受け入れる。"
に、なるほど目から鱗。
"エスペラントを軸とした出会いから、別の何かを軸とした出会いも生まれるかもしれない。"
本当に楽しみです!

そして最後に、
"結局のところ最も重要なのは「何語を使おうとも水平的コミュニケーションをとろうとする意識」ではないだろうか。"
これこそエスペラントの意義ではないかと、私も思う。


長くなってしまったけれど、あともう一つ。
鈴木風人さんの記事”ジブリ映画「かぐや姫の物語」を観て”より力強い言葉を紹介。 (Paŝo N-ro 2
記事は「生きているという瞬間」の感動から、日本浪漫派へと話が移る。そして、
”思想や文学にだけは、時代そのものに立ち向かうような大きな物語を求めなければいかないと思う。”
"僕がエスペラントをやっているのも、それが途方もない理想であり、否応なく時代に立ち向かっているからだ。"
という言葉にぐっと来た。筆者の強い想いが伝わってきます。

世の中には賢くて個性的な学生がたくさんいるものだな、ということをPasxo を読んでいて感じた次第です。


Mi prezentas pri reta studenta gazeto "Pasxo".
(Klaku la tekston sub la titoloj, ekzempre Paŝo N-ro 7)
Estas bonaj artikoroj en cxiuj versioj.

En la unua versio de la Pasxo, trovigxas bonan artikolon de s-ro Daizo.
Li diras,
"Graveco de Esperanto ne estas la lingva utileco sed la komunumeco de Esperantujo."
"... mi opinias kiel neeuxropano, ke gxia strukturo estas tre proksima al euxropaj lingvoj."
"La plej grava afero estas ke ni intencas fari egalan komunikadon."
Paŝo N-ro 1

Mi tute sam-opinias lian ideon.


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